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マルミツ農園

主要品目の栽培スケジュール

1月2月 3月4月 5月6月 7月8月 9月10月 11月12月
白鳳
清水白桃
黄金桃

Farmer Profile

酒井 浩太
(さかい こうた)

酒井 浩太

1986年生まれ。日本一の桃の里、山梨県笛吹市で、祖父の代から50年以上続く桃農家を継ぐべく、東京から地元へ戻り、祖父の元で修行を積む。2010年から自らが農園の主体となり3代目として営農をスタート。桃の品質はもちろんのこと、農園全体の美しさも追求する若き桃農家。趣味はバンド活動。

桃の木の美しさまで追求するアーティスト感溢れる桃農家さん

 食べる人、環境、そして自分自身にやさしい農業を目指して、日本一の桃の産地、山梨県笛吹市で奥さんと共に桃の栽培を行なう酒井さん。地元の若い農家仲間とバンド活動を行なうワイルドさを兼ね備えながら、繊細な桃づくりにこだわりを持って挑む酒井さんにお話を聞いてきました。

上村 聖季

担当:上村

ーー農業をやられてきて、一番大変だったことは何ですか?

 2013年に霜が降った年があったんですね。その時は平年に比べて桃の収穫量が5割減という散々な状況でした。収穫量が5割減ということは、つまり収入が半分になってしまうわけなんですよ。

 その時に自然を相手にする農業の厳しさを知りましたね。そして正直なところ、農業って(自然環境に生活が左右されるという意味で)半分ギャンブルのようなものだとも思いましたね。

ーー酒井さんはいつ頃から農業をを始められたんですか?

 小さい頃からずっとおじいちゃんの桃の畑の手伝いはしていました。本格的に自分が主体となって桃の栽培を始めたのが今から6年前の2010年頃からですね。最初の頃は剪定の仕方から摘果、袋掛けまで・・・

不慣れなことばかりだったのでかなり苦労しました。

ーー自然を相手にする難しさを感じているとのことですが、逆に自然を相手にする楽しさなどはありますか?

 桃の収穫は一年の中でも夏の短い期間の1回だけなのですが、その時にそれまで手塩にかけて育ててきた桃たちがしっかりと育ってくれて、美味しくて、質の良いものができたときはすごく嬉しいですね。

 また、桃を購入して頂いた方から、「酒井さんの桃は、今まで食べてきた桃の中で一番美味しかった」とかって言って頂いたりするのですが、生産者としては本当に感無量です。そういうところにとてもやりがいを感じていますね。

ーー酒井さんはご実家の桃畑を引き継がれたんですよね?

 はい、そうです。若い頃は東京に出て音楽の専門学校に通いながら音楽やっていたんですが、父の身体の調子が良くなかったこともあり、実家を引き継がなければなと思いまして。桃農家になったのはそれからですね。

ーー東京ではどのような音楽をやられていたのですか?

 一緒に山梨から東京にでたメンバーとバンドをやっていました。

ーーバンドマンだったのですね。それから山梨へ戻ってこられるときの心の踏ん切りみたいなものはついたものなんでしょうか?

 農業は大変ですが自分で時間を作れる仕事なので、バンドを続けていくという意味では逆に会社勤めよりも続けやすいですね。今でも地元の仲間とバンドは続けていますよ。

ーーご実家を継いで桃農家になろうと思ったのはなぜですか?

 この地域でも農業を継ぐ人は確実に減ってきていてて、自分を育ててくれた桃に精一杯向き合ってみようと思ったのが、桃農家として家を継ごうと思った理由ですね。

ーーご実家の農業を継ぐにあたって、大変なことはありましたか?

 実は、うちの家業の桃栽培は、祖父からの引き継ぎが父の代が一代飛んでしまっているんですよ。桃の木は普通15年目くらいが収穫のピークで、その後、実の味も収量も落ちていってしまうんです。

 なので、(桃の木の)植え替えの時期を計画的に考えて畑をしないと、ある年を境に、一気に桃の収量が減ってしまうことになります。父の代への引き継ぎが十分に出来なかったため、祖父が頑張ってはくれていたのですが、(桃の木の植え替えに関する)計画までは手が回っていなくて。

 そのため、自分が就農してから、少しずつ老木を切り倒していって、一方で、新しい桃の木を植えていかないといけないんですよね。桃の木は実が成るまでに少なくとも3年はかかってしまうので、古い木を切った分だけ収量が減ってしまうので大変なんですよ。

ーーお父さんの代で十分な引き継ぎができなかったということなのですが、もう少しお話を伺えますか?

 僕の父親は自分が高校生のときに亡くなりました。祖父から桃の栽培を引き継いで、10年くらいはやっていたのですが急に身体を悪くしてしまって。そのため、高齢だった祖父がなんとか栽培を続けていたのですが、やはりどうしても親子間での引き継ぎが十分にできませんでした。

 一方で、徐々に果樹園の面積も増えてきていて、自分が中心となった酒井家の体制がこの数年で固まってきたので、これからいろいろと新しい事に挑戦していきたいと思っています。

ーー酒井さんにとって、桃の栽培の魅力は何ですか?

 桃作りの魅力はやはり、手をかけた分だけ良いものができることですかね。初めのうちは基本的な作業を習得するので精一杯だったのですが、ここ数年は、桃の栽培をとても面白く感じてきています。

ーーここ数年で何か変化があったのでしょうか?

 もちろん、仕事を覚えてきたということもありますが、地域にも最先端の農業をやっている先輩方や同じくらいの歳の若い生産者がたくさんいて。

 そういう生産者の人達と栽培の話や、営農に関する情報交換をするのですが・・・

そうした人間関係が出来てきたことが大きいのかもしれません。

 先日は宮崎の先生から生物農薬の話を伺ったのですが、自分としてはそれが非常に面白かったですね。その先生がお話していたのは、ハウス栽培などでテントウ虫をハウスの中に放って、天敵のアブラムシなどの害虫を食べてもらう天敵農薬の話でした。

 もちろん作物には影響が出ないですし、化学農薬とはちがって環境にも優しい方法なのでとても面白いなぁと。自分の畑でも、新しい栽培方法をどんどん取り入れて、生産者としての自分自身も、畑自体もレベルアップさせていきたいですね。

ーー酒井さんの桃作りにあたってのこだわりは何ですか?

 まだ経験が浅いので、まだ試行錯誤の段階ですが、できるだけ農薬の使用を少なくするようにしてますね。それは食べて頂く方にも、木に対しても、作業をしている自分自身に対してもその方が良いと思っているんですよ。

ーーどのようなことがきっかけで農薬を減らすようになったんですか?

 奇跡のりんごで有名な木村昭則さんのお話や、有機栽培の講演会などを聞きにいくにつれて、各地域には地元の農協が主体となって設定している・・・

防除歴(農薬のタイミングや散布の量などを定めたもの)というものがあるのですが、それぞれの畑の違いを無視して、一律で農薬の使用を促すそうした農協の基準に、個人的にすごく疑問を持ち始めたんですよね。

 例えば、この時期にこの農薬を撒きなさいと言っているけど、これは本当にそうなのだろうか?と。僕としては農薬の使用を出来る限り少なくしていくことが理想なので、じゃぁ試しにこの時期に撒けと言われている農薬を撒くのをやめてみよう、みたいな感じで試していったんです。

 すると、多少虫はでたりはしたんですが、特にそんなに問題がなかったんですよね。じゃぁもっと農薬って減らしていけるんじゃないかってなって。そこからは試行錯誤です。

 やっぱり農薬をたくさん撒いたり、化学肥料をたくさん入れると木自体が本来持っている能力が弱っていって、生き物として弱くなってしまうと思うんですよ。

 そして、もちろん農薬を減らせば、栽培のコストも減らせますし、農薬を撒く作業の手間を減らすことができれば、もっと広い敷地で作れるようになるんです。広い敷地で作れるようになるとその分コストを抑えることができて、お客さんにもメリットがでる。

 そのように考えていった結果、農薬を減らすようになりましたね。

ーー今後、酒井さんが目指す農業について教えてください。

 まず大前提として、桃の質は追求していきたいですね。それだけでなく、農場自体にもこだわっていきたいと考えています。

ーー具体的にはどのようなものを考えているのでしょうか?

 剪定の技術を毎年磨いていって、作業しやすくて、見た目もきれいな、そんな桃の果樹園を作りたいと思っています。すごい綺麗な桃の木って本当に芸術作品のようで・・・

オブジェみたいにすごいんですよね。線でひいいているみたいにきれいになっている木とかあって。そんな果樹園をつくるために、桃農家の大先輩たちの畑を見て学んでいきたいと思っています。

ーーちなみにそうした大先輩方はおいくつくらいの農家さんたちなのでしょうか?

 60歳くらいですね。以前見学させて頂いた方の畑なんか、本当にすごいんですよ。桃の栽培は枝を切る剪定から始まるんですが、それは見事なもんで。枝をこの角度に整えて、日光を当てやすくするとか、ちゃんと計算されているんです。

 それでいて、芸術作品のような農園を作り上げていくので、本当に素晴らしいなと思いますし、自分もそういうレベルに早く到達するよう、日々栽培技術を磨いています。