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平山農園

主要品目の栽培スケジュール

1月2月 3月4月 5月6月 7月8月 9月10月 11月12月
甘夏ミカン
甘夏ストレートジュース

Farmer Profile

平山 厚
(ひらやま あつし)

平山 厚

三重県尾鷲市出身。昭和25年生まれ。59歳で役場の仕事を定年退職し、父親がやっていたみかん畑を継ぐ。農薬を使わずに安心して食べられて、出来るだけ自然に近いみかんをつくりたいという想いのもと、有機農業・無農薬栽培での甘夏の栽培をスタート。現在は5.3ヘクタールの土地で従業員1名と農業に励む。

尾鷲の甘夏みかんを守る継承者

 世界遺産・熊野古道の通る「天狗倉山」の麓で、尾鷲の甘夏みかんを有機・無農薬で栽培する平山さん。海抜120mの圃場からはすぐ近くに海が見え、高台の斜面にはたくさんのオレンジ色の粒が光る美しい景色が広がっています。眼下に広がる尾鷲への地元愛と、安心で安全な無農薬みかんへの想いを、優しい笑顔が素敵な平山さんに伺ってきました。

大江

担当:大江

ーー平山さんの家は代々みかん作りをされて来たのですか?

 そうですね。今から約50年前、1965年オリンピックのあった年から専業のみかん農家として、みかんを販売し始めたという感じですね。私自身は、59歳で役場を退職して父からこのみかん畑を引き継ぎました。

ーー元々は地元の役所で働かれていたのですか?

 私は昭和25年生まれなんですけど、昭和50年に役場に入って、約34年間務めていました。その間も・・・

親父の手伝いで今のみかん畑の仕事もしていました。

ーー60歳ではなく、59歳で退職されたのですか?

 退職後のことを考えとったら、ちょっといろいろ早くしないといかんなと焦りましてね(笑)。60歳になって退職して、このみかん畑を継いでやっていくとなったら、このままでは飯を食っていくことができひんようになるかもれんなと(笑)

 なので少し早く役場を辞めまして、みかん畑を整備したり、販売先となる売り場の開拓などを始めました。親父の代で生産量や販売量がかなり落ちていたんですけど、地道な活動を続けたおかげで、うちのみかんを買ってくれる人も段々と増えていきましたね。

ーーみかん農家の方は、今はどこも苦しいというお話をお聞きすることが多いですね。

 そうですね。うちの場合は、みかん農家として1970年頃から徐々に生産量を増やし、1980年頃のピーク時には45トンのみかんを1年間で生産していたんですよ。ただ、その頃を境に徐々に生産量が減少していって、1995年頃にはピーク時の半分以下の約20トン程度まで生産が落ちました。

ーーピーク時の半分以下ですか!?

 ただ、そこが底辺ではないんですよ(笑)。その後、無農薬栽培の開始と同時に共同出荷を離脱したこともあって、販売先がなくなり、一番少ないときは生産量が5トンくらいまで落ち込みました。

 今では地道な販路開拓の結果、徐々に販売先も安定してきて、数量でいうと約30トンくらいにまで生産は回復してきました。

ーーお父さんの代から無農薬で栽培をされていたのですか?

 本格的には私の代からですね。

ーーなぜ無農薬栽培にしようと思われたのですか?

 うちのお袋が消毒(農薬散布)するのが嫌いでね。僕がまだ親父の畑を手伝っていた頃に、農薬の臭いがするみかんを売るのは(お客さんに対して)気の毒やと言い出してね。そこで親父が、だったら農薬使うのを一層やめるかってなったことがきっかけだったんですよ。それからはずっと無農薬でやっています。

ーー無農薬にこだわる理由は何ですか?

 大げさかもしれないけど、地域愛ですね。地元の環境にやさしい無農薬で、且つ地域の特産品として尾鷲のみかんを・・・

持続させたいという想いが強いんですよ。無農薬だと収穫量が変動して大変って言われているんですけど、しっかりと木の栄養管理をして、実も摘果を適度に行なって毎年1本の木に実る量を考えながら木にかける負荷を減らしていくと、収量の変動は起こりづらいんですよ。

 まぁ、それでもこの畑では、極力自然に近い状態で、ほとんど野放しにするような栽培方法なのでやっぱり多少の収量の変動はあるんですけどね。それでも、そういうことがやっぱりみかんの美味しさ、安心・安全につながっていくと思うんですよね。

ーー肥料はどのようなものを使われているのですか?

 肥料は地元で出る原料を使った自家製有機肥料を使っています。畑の近くにダムがあって上流から流木が流れてくるんですけど、その流木を全て砕いたものを業者さんがこのみかん畑まで無料で運んでくれるんですよ。その流木と地元で採れた米ぬか、菜種油糟、魚粉、甘夏果実を輪切りにして水につけて発酵させたみかんの液などを混ぜます。

 そうして出来た原料にアミノ酸を作る自然の光合成細菌を加えて

 暖かいところに置いておきます。そうすると米ぬかなどが発酵してアミノ酸ができるんですね。アミノ酸は木が実をつけるのに役立ちます。それを水で薄めて、初夏と晩春の2回、畑に薄く撒いています。

 少しにおいを嗅いでみてください。

ーーすごい!とても香ばしい良い匂いがします!

 そうでしょう(笑)これを暖かい水と混ぜて散布するんですよ。そうするとこんな甘い香りが引き立つんですよ。さすがに飲めないとは思いますが(飲んだことはありませんが)香りがすごく良いんですよ。製法自体はビールと同じ原理を利用しています。

ーーこうした肥料はお父さんの代から使われているのでしょうか?

 これはお袋が発端なんですよ。お袋がEM菌の講習会を受けに行ったときに、すごく良い方法があることを知って、その講習会を開かれていた方が指導に畑に来てくれたんですよ。

 以来、この自家製肥料を使うようになってから、みかんがすごくたくさん実るようになり綺麗になりました。初夏に施肥する際には、地元養鶏農家が製造した発酵鶏糞も混合しています。

ーーどうして鶏糞も加えるようになったのでしょうか?

 鶏糞を加える一つ目の理由は、前述の自家製肥料で不足する窒素分を補ってやるためです。二つ目の理由はカラス対策です。鶏糞を混ぜないとカラスが自家製肥料を食べに来たりするんですよね。それが、鶏糞を混ぜることであまり食べなくなるんですよ。

 朝、肥料を撒き終わって、お昼ご飯を食べて、さぁ昼から作業の続きをしよかって時にカラスが大群で自家製肥料を食べていたことがありました。午前中にやった肥料が全部無くなっちゃったこともあったんですよ。

 それからは鶏糞も混ぜるようにして、10年以上が経ちますね。あとは刈った草を敷き詰めたりもしています。

ーー無農薬でやることは大変ですか?

 農薬を使わず表面にワックス掛けもしないので、お世辞にもみかんの表面が綺麗というわけではないですが、食べる人の体のためには良いと思っています。ただ、やはり、大変は大変ですね。気候にはもれなく左右されますし、虫なんか発生したら大変なんですよ。

ーー平山さんにとって農業の魅力はどのようなところですか?

 作業自体は、苦しいことばっかりやけど、ただお客さんがね、お便りをくれるんですよ。本当に生産者のことを想って手紙をくれると嬉しくてね。それは毎年楽しみにしている自分がいますね。

 「今回の平山さんとこのみかんは皮が厚くて・・・

ちょっと身が小さいねー」とか(笑)「それでもやっぱりおいしかったわー」って言ってもらえるとね。

ーーお客さんからの感想や生の声はうれしいですよね。平山さんの甘夏みかんの最大のこだわりはどんなところでしょうか?

 それはもうできる限り自然にちかい方法で栽培してるってことでしょうね。これに尽きますね。除草剤や化学農薬は使わずに自家製有機肥料および、堆肥で栽培し、みかんにワックス処理などは一切していません。

ーー平山さんのつくる甘夏はどのような特徴があるのでしょうか?

 尾鷲の温暖な気候と尾鷲港からの潮風を受けて育つ甘夏は、香り豊かで甘く、とてもジューシーです。うちでは木に実ったまま完熟してから出荷するので、新鮮なままお客さんのもとへお届けすることができます。

ーー甘夏の栽培において大変なことはどんなことでしょうか?

 みかんの栽培は、斜面で行なうことも多くて、結構な重労働なんですよ。最近は自分も体力が衰えてきた関係で、みかんや資材を担いだり持ったりする力作業がしんどくなってきていますね。

 以前は生産量も少なかったので人力で作業もできましたが、40トン、50トンとなってくると運搬機などがないとできないですね。坂になっている段々畑の所は、これからもっと歳をとったらできんなぁとか考えてしまいますね。

ーー平山さんの趣味は何ですか?

 んーそうですね。石造りとか道作りとかが自分の趣味みたいなもんですわ。朝から晩までユンボー(油圧ショベル)を動かしてますね。なかなか思うようにいかんことが多いけどね笑

ーー平山さんの思い描く農家像はありますか?

 消費者の方に無農による甘夏の栽培や自分自身の栽培理念を伝えながら、自分のつくったこだわりの甘夏を買って食べて頂きたいですね。まぁ、本来農家っていうのは、生きていく為に自分の作った農作物を買って頂いてその代価で生活をしていく仕事なのですが、私は出来るだけ安い価格で・・・

自分のこだわりの農作物をお客さんに買って頂きたいと思っています。ただ、そうすると一代は何とかギリギリやっていけたとしても、次の世代に農業を継いでいくとなると難しくなるんですね。

 近年、日本の農業が一代限りで終わってしまうところが少なくない理由は、次の世代が仕事に見合った対価をしっかりと受け取れるような状況になっていないからだと思っています。

 しっかりと再生産出来るだけの収入を確保するためには、やっぱりお客さんにも産地のことや生産者のことを少しでも理解してもらって、納得のできる生産価格で買って頂く必要があります。

 私で言うと、販売先ではもちろん、従来の農薬を使用する慣行栽培で作られた甘夏とも競争しなければならない。そんな中でも、安心で安全な、そして環境に優しい農業という側面をお客さんに共感して頂き、ご自身のメリットとして感じて頂くことで、正当な対価で作物を購入してもらえるような、そんな関係を前提とした農業を目指したいし、そうなっていかなければならないと思っています。

 また、農業はやはりある程度の規模の生産力がないと、作物そのものの価格を安くすることはできないんですよね。

ーー手間のかかる果実の無農薬栽培となると中々大きな規模での生産は難しいのではないでしょうか?

 それはたしかに事実です。私は無農薬栽培で、意図せず相反する目標を掲げているので簡単なことではないですね(笑)ただ、農家は食っていけるようにならなあかん。でも作った作物はできるだけ安くする。いつかそんな2つの理想が両立するような農業を、無農薬の有機栽培で叶えたい、そう思っているんですよ。

 無農薬のものだから、有機栽培のものだからと言って、極端に高いものを販売はしたくないですね。

 私たちのことをお客さんにも理解して頂いて、生産にはこれだけ(コストが)かかるから、最低私たちはこれだけ、いろいろな面で努力して、これだけの値段になりましたと、正直に誠実に。そんなフェアーな関係をお客さんとも築いていきたいと思っています。

ーー消費者さんにお伝えしたい事や、知ってもらいたい事はありますか?

 私は自然のものを大切にしていきたいと思っています。その大切さもしっかりと、分かりやすい形で発信していかなければなりません。でもそれは、自分たち生産者だけの努力ではどうにもならない部分もあって、無農薬で作る大変さや大切さを消費者の方々とも理解して頂き、シェアした上で、皆でがんばって作っていきましょうとお伝えしたいです。

 そうした価値観や考えを市場経済の中で如何に育み、維持するか。無農薬・有機栽培で行う農業をしっかりと維持できる利益を追求しながら、できるだけ安い値段で安心安全のものを食べたいと思う人達に届けたいと思っています。

 一方的に、無農薬は手間がかかっていてお金もかかっているから、高くても買ってくださいという訳じゃなくてね。生産者と消費者、お互いがそれぞれを理解できるようになりたいですね。

ーー平山さんの生き方やポリシーについて教えてください。

 日本はね、すべての地域が活き活きとして初めて、日本という国が成り立っていくんですよ。そういう意味でも、ちょっとでもこの尾鷲にある小さな産業っていうものを残していきたいし、自分が生きている間にしっかりと目に見える形にしておきたいなと。

 私にとってはそれが生きがいであり、自分の生き方でもありますね。

ーー平山さんが目指されている農業について教えてください。

 ここ尾鷲は人口も減ってきていて、私としては、生産者のつくる農作物で尾鷲という街を維持していかなあかんと思っています。長年連れ添ってきたこの尾鷲という地域を、自分がやってきたことでちょっとでも何とかしたいって思ってるんです。

 なので、この尾鷲の街で1人でも2人でも働けるように、雇用を生み出せるような農業をしていきたいという目標はあります。

ーー平山さんの尾鷲への愛が伝わってきます。

 ありがとう。あとは、信頼やなぁ。信頼のある生産者になりたいね。例えば、こうこう、こういうことを伝えたら商品が売れなくなることがわかっても、やっぱり事実を消費者の方へ伝えられるような、そんな生産者でありたいと思っています。